“石炭ゼロ”はできるのか? 電力業界が語る現実
2024年11月12日 15時06分
「石炭火力の発電量が大きい当社に対しての批判は、やっぱりある」
苦しい胸の内を明かしたのは、石炭火力を多く抱える発電会社「電源開発」のトップだ。
石炭火力発電は二酸化炭素の排出量の多さから、気候変動対策を進める国際社会からは厳しい目が注がれている。一方で、電力の安定供給を使命とする電力業界としては、簡単には廃止を打ち出しづらいのが実情だ。
国のエネルギー基本計画の議論が山場を迎える中、日本の電力業界は今後、石炭とどう向き合い、どう位置づけていくのか。その針路を探った。
(経済部 エネルギー担当 樽野章)
完全廃止に動くヨーロッパ
ことし10月1日、脱炭素に関する象徴的なニュースが世界で報じられた。
イギリスが、G7=主要7か国で初めて国内の石炭火力発電所をすべて廃止したのだ。
最後に運転を停止した ラトクリフ・オン・ソア発電所
産業革命が起きたイギリスでの廃止は、石炭からの脱却を急ぐ世界の潮流を強く印象づけるものとなった。
石炭火力発電は欧州などを中心に、廃止・縮小を求める声が高まっている。
イギリスと同様にイタリアは2025年、フランスは2027年、ドイツは遅くとも2038年と、G7の多くの国が廃止を目指す時期を明確にしている。
日本はどうする
一方、現在、石炭火力の発電量が全体の3割を占める日本。
いまの国のエネルギー基本計画では、石炭火力について「電源構成における比率は、安定供給の確保を大前提に低減させる」としているが、廃止時期は示していない。
石炭を多く利用する日本の電力業界は、世界からの厳しい目にどう向き合おうとしているのか。
販売する電力の6割を石炭火力が占める「電源開発」のトップ、菅野等社長に率直な受け止めを聞いた。
電源開発 菅野等社長
「同じ火力電源でも、ガス火力と石炭火力を比べれば、発電する電力量当たりの二酸化炭素の排出量が、ガスに比べて石炭火力はざっと2倍なので、石炭火力の発電量が大きい当社に対しての批判は、やっぱりある」
電源開発は戦後の電力不足解消という使命のもと、国策を担う会社として誕生。
発電した電力を各電力会社に供給し、戦後の復興や高度経済成長を電力面で支えてきた。
菅野社長は石炭火力に対する批判は受け止めつつも、その重要性を訴えている。
菅野社長
「日本の場合は原子力を一定程度活用した上で、再生可能エネルギーを最大限投入しても、絶対量として、どうしても電力は不足する。原子力と再生可能エネルギーだけでは賄えないので、火力電源を活用する必要がある。日本は火力発電の化石燃料を全部輸入しているので、石油もガスも石炭もどれか1つに偏って依存するのではなく、バランスよく使っていく必要がある。ある1つの資源に偏って依存すると、その資源の元が絶たれた場合は、国が窮地に立ってしまう」
石炭火力、存続の条件は
電力の安定供給とエネルギーの安全保障の観点から、石炭火力の重要性を強調する菅野社長。
では、そのまま存続すればいいのか。
菅野社長はことし5月、新たな方針を打ち出した。
2030年度までに、自社が保有する国内14基の石炭火力発電所のうち、発電効率の悪い5基を、将来的に休廃止する方針を発表。
一方で残る9基は、二酸化炭素を排出しない形に転換するというのだ。
菅野社長
「大気中の二酸化炭素の濃度が高くなりすぎることが気候変動をもたらしているので、大気中に放出される二酸化炭素をどうコントロールするか。そのためには、石炭火力もガス火力も二酸化炭素の排出量を減らしていく、あるいはニュートラル(排出量の実質ゼロ)に持っていくことが必要だ。ニュートラルに持って行けるのであれば、ガス火力も石炭火力も使い続けられることになる」
菅野社長が石炭火力の存続の条件として期待を込めるのが「石炭ガス化」と「CCUS」という、2つの新技術だ。
石炭を蒸し焼きにすることで、一酸化炭素と水素を主成分とするガスを生成。
このガスを燃料に発電すれば、従来の石炭火力より発電効率を高められ、二酸化炭素の排出量を削減できるという。
さらに発電の過程で発生した二酸化炭素を回収し、地中に埋めるCCUSという技術を使うことで、大気中への放出をより抑えられるという。
電源開発が実証試験を続けている石炭火力施設
電源開発はこの石炭ガス化とCCUSについて、中国電力と共同で広島県内の施設で実証試験を続けている。
菅野社長
「石炭から水素を作るプロセスで、二酸化炭素を90%まで取り除くこと自体は、もう十分、実証できている。残り10%を取り除くには、コストがかなりかかってしまうが、10%のバイオマス燃料を混ぜることで、完全にカーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量の実質ゼロ)までいける。決して夢の技術ではなく、もうかなり近いところまで来ていて、2030年には実現化したい」
菅野社長は、脱炭素への道のりは国の実情によって異なるとして多様な選択肢を残し、電力をどんな時も安定供給できることが重要だと強調した。
菅野社長
「例えば、よく北欧の国々では、再生可能エネルギーだけで電力を賄えると言われるが、北欧の国々は日本と比べると電力需要はかなり少ない。日本の国情を考えれば、原子力も再生可能エネルギーも、二酸化炭素を減らした上での火力も、3つとも必要だ。2050年の時点でも、二酸化炭素を排出しない火力電源が20%から30%、日本では生き残ると思う」
有識者 分かれる立場
一方、石炭火力をめぐっては、専門家の間でも意見が分かれる。
「日本も具体的な廃止時期を示すべきだ」という意見がある一方で、「石炭火力を残しつつ脱炭素社会を目指すべきだ」とする意見もある。
東京大学未来ビジョン研究センター 高村ゆかり教授
「日本も『十分に対策を施していない石炭火力は2035年前後に脱却する』というビジョンを政府が早く描くべきだ。明確に示されることで、電力事業者は新たな投資判断や電源構成の変更を検討しやすくなる。電力を使う側のグローバル企業を中心に『石炭火力から脱却しよう』という声が挙がっていることも受け止める必要がある」
エネルギー経済社会研究所 松尾豪 代表取締役
「石炭火力の依存度はできるかぎり引き下げていくべきだが、完全に廃止することは難しい。電力不足に陥らないようにする、予備的な電源としての役割は大きい。日本はエネルギー自給率が低く、有事の際にガス、石炭、石油のどれが遮断されるか分からない。多様な電力供給の手段を残すことが社会・経済活動上は重要だ」
電力業界には説明責任も
世界的にみれば、異常気象にあたる高温や大雨が相次いで発生し、気候変動対策の強化を求める声も高まっている。
ことし4月にイタリアで開かれた、G7の気候・エネルギー・環境相会合の閣僚声明には、削減対策が取られていない石炭火力発電について、段階的に廃止していくことが盛り込まれた。
ことし8月には、電源開発を含む電力会社など10社に対し、10代から20代の若者が、二酸化炭素の排出量削減を求める訴えを名古屋地方裁判所に起こした。
菅野社長は、こうした声を受け止めつつ丁寧に説明を尽くしていく必要がある、と話す。
菅野社長
「グレタ・トゥーンベリさんの活動に代表されるように、世界中で気候変動のことを非常に気にしておられる若い人たちも多い。われわれ、産業界の人間として、本当に何ができるかというのを、具体論として示していかないといけない。石炭火力に関しても、石炭ガス化やCCUSといった取り組みが一歩ずつ進んできていることについて、われわれ、産業界側に説明責任があるんだろうと思っている」
いま、経済産業省の審議会では、エネルギー基本計画の見直しの議論が、年末に向けて山場を迎えつつある。
新たな基本計画では、2040年度の電源構成のあり方も示される見通しだ。
電力会社だけでなく、政府として石炭にどう向き合うのか、議論の行方が注目される。
(11月下旬「おはよう日本」で放送予定)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241112/k10014635041000.html