減りゆく瓶入り牛乳
かつて、給食ではおなじみの存在だった瓶入りの牛乳。銭湯では、湯上がり後の楽しみの1つとして、いまも根強い人気を誇っています。
しかし、瓶入りの牛乳をめぐっては、販売を縮小したり、やめたりするメーカーが相次いでいるのが現状です。その背景を取材しました。
(経済部記者 大江麻衣子/仙台放送局記者 北見晃太郎)
“ファン”もいる瓶入り牛乳
早朝、埼玉県鴻巣市の小さな工場で、透明の瓶に次々と注がれるできたての牛乳。
フタを開けた瞬間に広がる甘い香りと濃厚な味わいが特徴です。
製造しているのは、創業60年を超える老舗の乳業メーカーです。
工場に併設する事務所では、商品の販売も行っていて、近所の人などが買いに来ます。
中には、瓶や紙のキャップを収集する瓶入り牛乳の“ファン”もいるそうです。
大沢牛乳 大沢和孝専務
「各地の牛乳瓶を集めているコレクターの方も来ますし、紙パックより瓶の方がおいしいと、昔から好んで買ってくれるお客さんもいます」
このメーカーが製造する瓶入りの飲料は2種類。
200ミリリットル入りの牛乳と、180ミリリットル入りのコーヒー牛乳です。
1日あたりに製造される数は合わせて500本ほどで、事務所で販売を行っているほか、販売店を通じておよそ300世帯に配達しています。
ただ、瓶入りの飲料をめぐる現状は厳しくなっています。
瓶を洗浄するのに使う洗剤の価格や光熱費が上昇するなど、製造コストが増加しているのです。
特に頭を悩ませているのが瓶の価格。
この1年で1本あたり40円から80円と価格が2倍に上昇しました。
使った瓶は再利用できるとはいえ、耐久性には限界があります。
この会社の場合、同じ瓶を使用できるのは4か月ほどで、価格の上昇は利益を圧迫する要因になっているのです。
設備の老朽化も課題の1つです。
瓶入りの牛乳は、牛乳の注入やフタ閉めなど複数の機械で製造されます。
現在使っている設備は60年ほど前に導入したもの。
これまで、どこか1つが故障するたびにメンテナンスを行ってきましたが、機械の老朽化は年々進んでいます。
いっぽう、店主の高齢化を背景に閉店する販売店もあることなどから、宅配の契約者数は減少傾向です。
創業から製造を続けてきた瓶入りの牛乳。
根強い人気はあるものの、生産量に占める割合はいまや全体の1割ほど。
瓶製品で利益を確保するのは難しいのが現状です。
いまは、生産のおよそ9割を占める紙パック入りの商品の販売でなんとか利益を出しています。
ただ、機械を維持することが難しくなれば、瓶製品の製造をやめざるを得ないと考えています。
大沢和孝専務
「たくさんの需要があるわけではなく、商品価格に転嫁すると売れなくなってしまうので、本当にギリギリの状況でやっています。ただ、まだまだ喜んで購入してくれる方がいるので、少しでも長く続けられるように努力していきたい」
瓶入りの牛乳は全国で生産が減少しています。
農林水産省の調査では、容器別のうち「500ミリリットル未満の瓶入りの牛乳」の2023年の実績は、10年間でおよそ3分の1に減少。
紙パックやボトル入りの製品に移行したこともあり、牛乳生産量の全体の1.6%にすぎません。
製造・販売からの撤退や縮小も相次いでいます。
「小岩井乳業」は2021年に瓶入り商品の製造・販売を終了。
また愛知県の「中央製乳」が去年7月、瓶入りの牛乳の製造をやめたほか、ことし3月末には、岡山県の「蒜山酪農農業協同組合」が牛乳などすべての瓶入りの飲料の製造をやめました。
大手乳業メーカー「森永乳業」もその1つです。
ことし3月末で宅配専用で取り扱っていた瓶入りの牛乳や乳飲料の販売を終了。
1929年から95年続けてきた瓶商品の販売に終止符を打ちました。
会社では、販売をやめた理由の1つに、瓶の再利用をめぐる環境の変化を挙げています。
環境への負荷が少ないとして瓶の再利用を進めてきましたが、瓶の輸送や洗浄にかかるコストなどを見直す必要に迫られたといいます。
森永乳業 市乳営業統括部 大山洋次マネージャー
「瓶は回収を前提とした商品で、工場では洗浄・乾燥などの再利用の工程に大規模な設備や人員を充てなければならず、今後の維持が容易ではない。また、販売店の業務でも、今後紙パックなど使い切りの容器になると、瓶のような回収や管理の手間が減り、負担を軽減できる」
また会社では、宅配する商品のラインナップの見直しも実施。
瓶で販売していた時より容量の多い紙パック入りの商品やヨーグルトタイプの商品を加えたりして、子育て世代など新たな顧客の獲得に動いています。
20年あまりにわたって牛乳瓶の配達を行ってきた東京・練馬区の販売店の店主の男性は、新たな商品への対応にしっかり取り組んでいきたいと話していました。
大泉通り宅配センター 店主 田代伸正さん
「ずっと瓶を扱ってきたのでさみしさもありますが、これからの配達がどうなるか実感がわきません。ただ、時代の変化でもあるのでしっかりと対応していきたいと思います」
姿を消していく瓶入りの牛乳。
それは学校給食の現場でも同様です。
農林水産省の調査によると、2022年度に全国の小中学校などの給食で、瓶入りの牛乳を取り扱っている自治体があるのは13の県のみ。
直近では2020年度に東京で、2023年度には香川県ですべての自治体が取り扱いを終了しました。
一方、あえて瓶入りの牛乳を選んでいるという自治体もあります。
酪農が盛んな岩手県葛巻町もその1つです。
地元製品の魅力を感じてもらいたいと、町の牧場が製造する瓶入りの牛乳を給食で提供しています。
瓶ならではの香りと味が子どもたちから好評だと言います。
牛乳瓶のこれからは
製造や販売を縮小したり、やめたりするメーカーが相次ぐ中、取り組み続けるメーカーもあります。
このうち大手乳業メーカーの「雪印メグミルク」は、「容器における情緒的な価値を含めて、宅配事業のフラッグシップと位置づけている」として、供給を継続することにしています。
「なつかしい」「おいしい」「リユースできる」などさまざまなイメージのある瓶入りの牛乳。
時代とともにどのように存在感や価値が変わっていくのか、注目したいと思います。
(3月28日「おはよう日本」で放送)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240403/k10014410331000.html