“アインシュタインのピアノ” 音色を後世に
2024年3月15日 14時45分 奈良県
“アインシュタインのピアノ”
そう呼ばれているピアノが奈良市の老舗ホテルで大切に展示されています。
1900年ごろにアメリカで製造され、鍵盤には今では珍しい象牙が使われています。
しかし、月日とともに部品の劣化が目立つように。
ピアノの音色を後世に残そうと、ことし大がかりな修理が行われました。
(奈良放送局 記者 吉井彩恵)
※記事の最後で修理前と修理後のピアノの音色を聴き比べることができます
世界的な物理学者アインシュタイン。
今からおよそ100年前の1922年の11月17日から12月29日。
日本の出版社の招待を受けて妻のエルザとともに初めて日本を訪れました。
かねてから日本に強い関心を持っていて、滞在中、九州から東北までの各地で講演を行いながら、観光も楽しんだということです。
来日から1か月後の12月17日。
奈良を訪れ、2泊3日で滞在しました。
奈良のことについて自身の手記の中でこう記しています。
「人に慣れたシカが群れてくる」
「人に寄って来て、嗅ぎ回っている」
一時は所在不明に
12月18日の夜。
外出先からホテルに戻ったアインシュタインは宿泊していたホテルのロビーにあったピアノを演奏しました。
コートを着てパイプをふかし、リラックスして演奏する様子が写真に残されています。
しかし、ピアノは太平洋戦争の後、GHQの接収を逃れるため当時の大阪鉄道管理局によってホテルから運び出され、行方がわからなくなっていました。
所在が分かったのは50年近くたった、1992年でした。
JR西日本の本社の移転に伴って、備品などを整理していた社員が、地下の倉庫で発見しました。
そして、この写真が手がかりとなってアインシュタインが弾いたピアノであることが確定しました。
製造から約120年 すでに限界に
再びホテルに戻った“アインシュタインのピアノ”。
このとき、調律や補修が行われましたが、できるだけ元の素材を生かしてオリジナルの音を損なわないようにしました。
その後、ピアノは12年間ホテルのロビーに展示され、演奏会も開かれてきました。
しかし、製造から120年以上がたち、すでに限界を迎えていました。
鍵盤は演奏すると、一部が戻らない状態になってしまいました。
最も深刻だったのは、弦を直接たたいて、音を響かせるハンマーという部品でした。
木のまわりに巻かれたフェルトの部分がすり減ってほとんどなくなっていました。
このままの状態でピアノを弾き続ければ壊れてしまいます。
ハンマーを取り替える必要がありますが、120年前と同じ素材がなく、部品を交換すると音色が変わってしまいます。
できるだけ“元の音”と同じに
“音色が変わっても、これからも多くの人に聴いてもらいたい”
ホテルは修理を決断しました。
修理を任されたのは調律師の喜多保幸さんです。
10年以上にわたって、このピアノの調律や補修を担当してきました。
ホテルからの要望は120年前の部品を極力残すことでした。
調律師 喜多保幸さん
「ホテルもオリジナルにできるだけ近い音色でという希望でしたので。オリジナルが結構堅い音が出ていたので」
修理は専用の工房で行われました。
喜多さんはハンマーの部品を交換しても、できるだけ“もとの音”に近づけようと修理を行いました。
そこで選んだのが1番堅いフェルトのついたハンマーでした。
ただ、それだけでは“もとの音色”に近づけることはできません。
針のような道具を使ってフェルト部分を少しずつ柔らかくしていきます。
そしてやすりをかけて表面を削っていきました。
この作業を繰り返し、88個あるハンマー1つ1つを丁寧に仕上げていきました。
そして、何度も音色を確認しながら“もとの音色”に近づけていったのです。
工房には“アインシュタインのピアノ”の音色が響きわたっていました。
調律師 喜多保幸さん
「やっぱりピアノですのでいい音は出したいなという風に思います」
再びホテルに戻ったピアノ
2月7日。
修理を終えたピアノが3週間ぶりにホテルに戻りました。
ロビーでは心待ちにしていた従業員たちが集まってきました。
従業員の1人がさっそく鍵盤をたたいて音色を確かめました。
従業員
「クリアな音になっているように思うね」
壊れていた鍵盤も元どおり修理されていました。
従業員
「1回押すと戻ってこなかった鍵盤がいくつかあったのに、直っている」
修復後の音色は?
2月23日。
修復を終えた“アインシュタインのピアノ”のお披露目を兼ねて、ホテルで演奏会が開かれました。
奈良県出身のジャズピアニストが「星に願いを」や「春よ、来い」など6曲を披露しました。
響き渡る音色に、訪れた人たちは目を閉じてじっと聴き入っていました。
大阪市から訪れた女性
「修理の前より柔らかい音色が出ていて聴きほれてしまいました。後世に残していってもらいたいです」
奈良ホテル 津川あかねさん
「演奏会の様子を見ていると、当時と音は変わってもアインシュタインが弾いたピアノというのはこれからも愛されていくと思いました。100年、200年先も長く楽しんでもらうために決断してよかったです。ピアノも喜んでいるような。新しく生まれ変わったなっていう気がします」
“アインシュタインのピアノ”は、これからもたくさんの人に音色を届けていきます。
修復前と修復後の音色の違いはこちらから!
(2月14日「ならナビ」2月15日「ほっと関西」で放送)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240315/k10014386211000.html