「消滅可能性あり」と言われて 人口減少 自治体の10年
2024年2月8日 16時05分
「896の自治体が消滅する可能性がある」
2014年。
ひとつのレポートが全国の自治体に衝撃を与えた。
自治体の政策にもさまざまな影響を与えた「増田レポート」。
あれから10年。
少子化を乗り越えようとあらがう自治体。
人口減少を受け入れながら、新しい町を作ろうともがく自治体。
それぞれの今を取材した。
「増田レポート」の衝撃
2014年5月。
有識者グループ「日本創成会議」が論文を発表した。
論文では、「国立社会保障・人口問題研究所」の日本の将来人口推計を詳しく分析。
着目したのが、20代から30代の女性の人口だ。
この層が2040年までに半数以下になる自治体を抽出した。
この結果、896自治体を「消滅可能性都市」と呼び、人口減少が加速し、最終的には消滅する可能性があると警鐘を鳴らした。
論文は、グループの座長だった増田寛也氏(元総務大臣・現日本郵政社長)の名を取って、「増田レポート」と呼ばれ、当時大きな話題となった。
「消滅可能性都市」は、この年の「新語・流行語大賞」にもノミネートされたほどだ。
増田氏は、当時の狙いをこう振り返る。
うちが消滅?“なんとか止めたい”
「正直『消滅』という言葉にかなりショックを受けました」
衝撃を語るのは、島根県吉賀町の岩本一巳町長だ。
当時、副町長を務めていた岩本町長は、「増田レポート」がその後の町政運営に大きな影響を与えたと振り返る。
その後作られた、町の政策の基本方針を記した「総合戦略」には、強い危機感がにじむ。
冒頭で「消滅可能性都市」に触れ、子育て政策に力を入れていく決意がつづられている。
子育て政策にシフト
町では、周辺の自治体よりもいち早く、保育料や、高校生までの医療費、それに小中学校の給食費を無料化した。
さらに小学校と中学校に入学する子どもに配付する、1万円分の「制服・体操服購入助成券」を導入。
子育て中の保護者同士の交流サロンも整備。相談体制の充実も図った。
支援策の充実に乗り出したが、悩みのタネは財源だった。そこで、町が目をつけたのが「水力発電」。
町内を流れる高津川の水流を利用した水力発電所で生まれた電力を電力会社に売却した資金を、子育て予算の財源にあてることにしたのだ。
町内に住む、石井由香利さん・猛さん夫妻。
6歳から19歳の5人の子どもを育てている夫妻は、町の支援策の効果を実感していると言う
人口減少のスピード
この10年の取り組みは、町の将来をどう変えたのか。
合計特殊出生率は1.83(2013~2017)に上昇。
また、2010年現在で6810人だった吉賀町の人口について、「消滅可能性都市」の試算根拠となった将来人口推計で見ると、この10年で、人口減少のスピードが緩み、減少率が10%ほど抑えられていることが分かる。
人口減少止まらず “発想の転換”も
あえて“人口減少を受け入れる”町づくりを掲げた自治体もある。
人口約1万3000の岡山県美咲町。
「消滅可能性都市」と指摘された自治体の1つだ。
この10年で、人口が2500人ほど減少した美咲町。
青野高陽町長は、県議会議員を経て、2018年に就任。
想定を上回るスピードで進む人口減少を目の当たりにしてきた。
模索の末、青野町長が打ち出したのが「賢く収縮するまちづくり」。
まず取り組んだのが、公共施設の統廃合だった。
美咲町にある公共施設の半数以上は築30年以上が経過し、老朽化によって維持費もかさんでいた。
このまますべての施設を更新していくと、年間11億円あまりが必要になると試算された。
そこで、図書館や公民館、保健センターなどは、それぞれの機能を併せ持つ施設とすることで効率化を図る。
もともとあった施設は取り壊したり、民間の利用を検討したりするという。さらに、赤字が続いていた町営の温泉施設も閉鎖した。
また、児童・生徒が少なくなっていた小学校と中学校を統合して「小中一貫校」を導入。
施設の共用や、教員の掛け持ちなどを可能にして効率化を図った。
一方、「英語特区」を設け、英語教育に力を入れるなど、教育の内容は住民の要望を最大限取り入れることとした。
町では、これらの取り組みによって、今後40年間で公共施設にかかる予算を約46%削減するとしている。
ただ、住民や議会の合意を得るのは容易ではなかったという。
青野高陽町長
「褒めてくださる方はほとんどいません。公共施設には長年親しんでいますから、『総論賛成・各論反対』の状態でした。温泉を廃止したときは、住民説明会で、4時間から5時間、批判にさらされました」
住民自治で“行政の補完”も
公共施設が減り、行政サービスの低下も懸念されると、住民たちが、みずからそれを補う地区も出てきた。
町内の倭文西地区では、「まちづくり協議会」で、住民の安否確認や治安維持などを自分たちで行う取り組みを始めている。
その一例が、地区独自の安否確認システム。
朝起きると、住民自ら家の前に黄色い旗を掲げ、夕方になると旗をしまう。
こうすることで、日中に旗が掲げられていない家は、気づいた人が「大丈夫かな?」と確認をする仕組みだ。旗の絵は、地元の子どもたちが描いてくれた。
また、地区内に増える空き家の改修にも、自分たちで着手するなど、「自分たちでできることは自分たちで」をモットーに活動を広げている。
倭文西まちづくり協議会 森岡洋省会長
「『行政サービスですべきものを、自治会が何でしないといけないんだ』という意見は必ず出ます。みんなが同じ方向を向くのは難しい。ただ、実際困るのは住民なので、役場ができないなら自分たちでやるしかない。できるだけ楽しみながら『賑やかな過疎』を目指したいなとは思っています」
青野高陽町長
「職員も住民も人口減少を自分事として受け止めて、一緒に町のあり方について真剣に考えてもらいたい。独りよがりに私や役場が『賢く収縮する』と言ってもそれは本当に無理です。そこが機能しないと「賢く」ではない「単なる収縮」になってしまいます」
危機意識が広がらず…
成果をあげる自治体もある一方で、日本全体での人口減少は深刻さを増している。
おととしの時点での合計特殊出生率は1.26と、7年連続で前の年を下回り、統計開始以降最低に。
「国立社会保障・人口問題研究所」は日本の人口が2056年には1億人を下回り、2100年にはおよそ6300万人に半減すると推計した。
なぜ人口減少に歯止めがかけられていないのか。
増田氏に、この10年、何が足りなかったのか問いかけた。
キーワードとして浮かんだのが、「危機感の欠如」と「人口の奪い合い」だ。
増田寛也さん
「提言で多くの人が関心を持ってくれましたし、自治体にも危機感は伝わりましたが、国民全体にそれが広がったかというと必ずしもそうではありませんでした。それは、このまま人口減少が広がっていくとどういう危機的な社会になるかという将来の悲惨な姿が世の中全体に十分に伝わらなかったからだと思います」
「自治体では、子どもの出生数を増やすのは大変なので、もっと手軽に効果が見える形で消滅をなんとか防ごうと、隣り合う自治体同士で移住者を奪い合うような状況も生まれました。また、子どもを産み育てやすい社会に作り替えていくことは、非常にデリケートな問題も含むので、政府も腰が引けて真剣に取り組んでこなかった。そうした社会をトータルで作っていくということに、なかなかつながっていかなかったということではないか」
人口問題は今が“ラストチャンス”
「増田レポート」から10年。増田氏たちは、1月、新たな提言を発表した。
有識者グループ「人口戦略会議」の「人口ビジョン2100」。
掲げたのは「安定した8000万人国家」だ。
2060年に、合計特殊出生率を、人口を長期的に維持するのに必要な2.07に改善させる。
その上で、2100年に人口を8000万人規模で安定させて成長力のある社会の構築を目指すべきだとしている。
この10年間で、決して改善したとは言えない人口減少。
今度こそ、歯止めをかけることができるのか。
増田氏に問いかけた。
増田寛也さん
「私自身、8000万人国家の目標は、非常に高いハードルだとは思っています。ただ、今はどこで人口が止まるというのも見えないので、とにかくどこかで人口減少を食い止めなければいけない。何もしないで無策でいると、10年たつと1000万人減っていくような社会になってしまう。その段階になってからは非常に対策を取るのが苦しくなります。これからの10年というのがいろんな問題に取り組んでいくラストチャンスではないかと思っています」
(2月9日「おはよう日本」で放送予定)