客は戻っているのに…営業できない!
取材のきっかけは、商店街で見かけた精肉店の貼り紙だった。
「営業曜日変更のお知らせ 人手不足のため」
店の営業日数を大幅に短縮し、木・金・土の3日間のみにするという告知だった。しかもあえて“人手不足のため”と、理由が書かれていたことに驚いた。
貼り紙から伝わる強い危機感。いったい何が起きているのか。まちを歩いて探ってみた。(福岡放送局記者 早川俊太郎)
急募! 増える求人
貼り紙を見つけたのは福岡市の西新エリア。
中洲や天神と比べれば全国的には知られていないエリアだが、福岡市民で知らない人はいない商店街や飲食店が建ち並ぶ場所だ。
ひょっとしたら人手不足に追い込まれているのは、この店だけではないのではないか。
そんな思いから、10月17日の夜7時、取材クルーでこのエリアを歩いてみた。
地元の買い物客たちでにぎわう商店。
飲食店からは「カンパーイ」のかけ声も聞こえてきた。
仕事帰りのサラリーマンたちで満席の店もあった。
最近は、新型コロナの感染者の減少も相まって、福岡の景気も上向いてきたと実感した。
ところが、店の扉や壁に注目して歩くと「スタッフ急募」「正社員募集」といったチラシがそこかしこに。
経済活動が正常化に向かう中で、人手を求めている店がかなり多いことがわかった。
夜間営業減らす ちゃんぽん店
もうしばらく歩いていくと暗がりのシャッターが見え、そこにも貼り紙があった。
予感は的中。
このちゃんぽん専門の飲食店でも、人手不足という理由を記載して、夕方の営業ができない日があると知らせていた。
翌日、この店に電話をしてみたところ、日中の時間帯に取材を受けてくれるとの返事をもらった。
到着したのはランチ時。
店の外には行列もできていた。
定番メニューは「長崎ちゃんぽん(880円)」
立ち上がる湯気。
黙々と麺をすするサラリーマンや地元住民たち。
食欲をそそる香りに耐えかね私も食べてみたが、無添加にこだわっているというちゃんぽんは優しい味わいでボリューム満点だった。
厨房では店主の永江秀一さんが休みなく鍋を振り、パートの女性と学生の2人のスタッフが忙しく働いていた。
多いときにはランチだけで100人が来店するという地元の人気店というわけだ。
それにもかかわらず、夕方の営業(18時から21時半)ができない日が出てきていた。
人手不足が売上げ増加の足かせになっているという。
ランチ時を過ぎたころ、店主の永江さんに理由を尋ねた。
店主の永江秀一さん
聞けば、2か月前に8年間勤めていたベテランのスタッフが辞めてしまったことが大きいそうだ。
きっかけは新型コロナへの感染。
病状が回復すれば戻ってくるとも期待したが、なかなか体調が回復しないとの理由で仕事自体辞めてしまったとのこと。
新しいスタッフ獲得のため、時給900円以上で募集をかけているが、昼のように確実に3人体制にすることが難しく、スタッフが集まらない日は店を休むしかないとの判断をしていた。
永江さんは「お客さんから残念ですという声も届いていて、どうにかしたいという思いもありますが、それでも人手が足りないことで営業できず、もどかしい」と嘆いた。
人手不足は全国に
人手不足は福岡のみならず、全国に広がっている。
民間の調査会社「帝国データバンク」の9月時点の調査では「正社員が人手不足の状態にある」と答えた企業は半分の5割。
アルバイトなどの「非正社員」で3割だった。
このうち、非正社員の業種別で見ると「飲食店」は8割近くで人手不足状態にあり、他業種と比べても突出して高い。
飲食店 77%
旅館・ホテル 62%
各種商品小売 57%
人手不足と答えた企業の割合は、感染拡大直後の2020年5月以降、右肩上がりが続いている。
信用調査会社の担当者によると、「9月以降も右肩上がりの傾向は続く見通しで、当面の間は人手不足が緩和する時期も見通せない」という。
人手不足 なぜ続く?
飲食店で特に高まる人手不足。
背景には何があるのか。
労働分野に詳しい日本総研の山田久首席研究員は、コロナ禍を経た日本が直面する2つの理由を挙げた。
理由の1つが、感染リスクを回避するシニアなどが戻らないという点だ。
日本総研 山田久首席研究員
「おそらく大きな理由として、コロナの前とコロナの後で働く側の環境がだいぶ変わってるんですね。1つは、コロナの前はシニアの方や既婚女性の方がけっこう働いてたんですね。これがちょっと戻りが弱いんです。コロナが完全に収束しているわけではないので、安全に対する考え方が変わってきてるんだと思います」
もう1つ、大きな理由と考えられるのが、外国人労働者の減少だという。
日本総研 山田久首席研究員
「もう1つ大きいのは、コロナの前は、外国人労働者がかなり日本に入ってたんですね。これがコロナでほぼゼロに近いような状態になって、最近少しずつ再開は始まっているのですが、国内に入ってくるスピードが極めて遅い。ですから飲食業などで営業再開となっているけど労働供給がひっ迫している。さらに外国人労働者でみると、日本の賃金は国際的に見て、もう決して高くないんです。アジアの国の賃金の方がだいぶ上がってきているので、特に現場系の仕事に、従来のペースで外国人が入って来てくれない可能性が出てきている」
カギは“賃上げ”?
かつて飲食店などで働いていたものの、辞めた人たちは、今どうしているのか。
リモートなどで別の仕事を得ているのか。
そのあたり、まだこの問題に対する分析が少なく、人手不足の原因は明示しにくい。
ただ、離職した労働者が元に戻らないという現象は、アメリカなど海外でも起きている。
コロナ禍を経験したことで、働く側の意識に変化が生じているのは確実だろう。
根深い問題にもなりそうな人手不足。
山田首席研究員は、解消するためのキーワードの1つに「賃上げ」を挙げた。
店の運営に欠かせない人材を集めるために、時給を引き上げることが必要になるというのだ。
物価が上昇する中で、賃上げの動きはどうなっていくのか。
コロナ禍を経て、経済活動が活発になる中、企業などの成長を頭打ちにしかねない人手不足の問題は、どうなっていくのか。
当面、目が離せない状況が続きそうだ。
リンク:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221102/k10013877151000.html